台風が近づき雲行きの怪しいお天気の中、23人の方々がご参加くださいました。

今回のテーマ「痛み」は、医学の最も関心のあるテーマの一つでもあります。
医学の発展は「痛み」に対する試みとともにあったといっても過言ではありません。

紀元前2700年エジプトの医神イムホテップの遺跡には除痛を試みた遺体が見つかり、紀元前5世紀古代ギリシャの医聖ヒポクラテスは痛みを取り除く仕事を聖なる仕事と呼びました。「ヒポクラテスの誓い」は、現在も医学部で最初に学ぶ大切な言葉です。

「痛み」は単に不快な感覚の一つというだけではなく、不快な情動を伴う体験です。意識レベルや血圧や脈拍、体温、呼吸などとともに第5のバイタルサインとしてQOL(Quality of Life)に関わる重要な要素でありながら、客観的に定量したり評価することが難しい『他の人と共有できない感覚』であるため、医者にも理解されにくいという面を持ち合わせています。痛みを放置すると痛みの悪循環が生じ慢性疼痛となり、組織障害の有無にかかわらず痛みそのものが病態となります。

痛みはその障害される部位で、『侵害障害性疼痛』と『神経障害性疼痛』、あるいは『それらの合併』に分類されます。ちなみに骨折や打撲などの外傷は侵害障害性疼痛、坐骨神経痛や帯状疱疹、脳卒中後感覚障害などは神経障害性疼痛、腰部脊柱管狭窄症などは混合性です。それぞれ病気によって治療法が異なるのは、痛覚伝導路のどこを障害されているかが異なるからです。

本題に入る前に、本日の漢方の試飲は『抑肝散陳皮半夏(ヨクカンサンチンピハンゲ)』。9種の生薬がブレンドされ、イライラ、不眠、筋肉のけいれんなどに効果がありますが、クリニックではぎっくり腰や腰痛にもしばしば使用する方剤です。心も体もほっこりとリラックスするようです。

腰痛で最も多いのは、不自然な姿勢を続けていたり、筋力が低下することで起こる筋肉の疲れで、いわゆる「腰痛症」です。進行すると「椎間板ヘルニア」と「変形性脊椎症」になります。椎間板の中心には、水分を含んだゼラチン状の「髄核」があり、その周りを「線維輪」という軟骨が取り囲んでいます。
歳をとると、髄核の水分が減ってパサパサになり、線維輪にも裂け目ができてきます。そして、ついに髄核が裂け目を破って飛び出してきます。
その結果、髄核が付近の神経を刺激するようになります。これが椎間板ヘルニアで、腰やお尻、足のほうまでひびくような複雑な痺れや痛みを引き起こします。

変形性脊椎症に関係するのも椎間板です。椎間板の水分が減ってクッションとしての弾力がなくなってくると、椎体の間が狭くなってきます。すると、背骨はスムーズに動けなくなり、椎間板の周囲や椎体に余分な負担がかかるようになります。この状態が続くと、椎体の縁にトゲのような骨ができてきます。この骨によって神経が圧迫され、痛みを生じるようになったものが変形性脊椎症です。

ひざ痛の多くは変形性膝関節症によって起こります。ひざの関節は、滑らかで弾力性のある軟骨に覆われていて、この軟骨が関節の動きをスムーズにしたり、衝撃を吸収したりする役目を果たしています。老化に伴って、この軟骨が柔らかくなったり、亀裂ができて一部が脱落したりして軟骨がすり減ってきます。すると骨と骨が直に接触するようになり、これが周囲の神経を刺激して痛みを感じるようになります。すり減った軟骨や骨の細かな破片によって滑膜という部分が刺激され滑膜炎が生じます。これがひざの腫れの原因です。

これらの痛みに対し、痛みの伝導路に作用する内服薬、湿布や塗り薬など外用薬、局所の注射や関節穿刺による治療、手術を検討していきます。

東洋医学では、痛みの原因は、冷え、末しょう循環不全、ストレス、炎症、体力低下、体液分布異常で起こってくると考えます。問診、聞診、切診、触診によって関与する病態を考え、方剤を処方します。

慢性の痛みを伴う運動器疾患は漢方治療のよい適応であり、なかでも冷えると悪化する症状に効果が強く、高齢者や胃腸が虚弱な人には第一選択薬となり得ます。漢方治療を開始した場合、副作用がなければ少なくとも1カ月は様子をみながら治療を続けてみます。ただし明らかに骨の異常など器質的な問題が強い場合、漢方治療の適応は少なくなります。また強い痛みには西洋薬との併用のほうが効果がありますし、骨粗しょう症の治療は西洋薬が勝っています。クリニックでは漢方薬、西洋薬それぞれの強みを理解して、単独、あるいは併用処方で治療していきます。

そのほかの治療として、骨粗しょう症は骨変形の進行を予防することが重要であり、活性型ビタミンD、ビホスホネート、エストロゲンの投与があります。
リハビリテーション(温熱、低周波、牽引、マッサージ)も大切で、それとともに運動療法(ストレッチ、体幹・四肢筋トレ)も行っていきましょう。
装具は患部の保護により過剰な動きを制限したり筋肉の補助になりますが、漫然と使用すると筋力低下をまねく可能性があります。
関節穿刺、関節腔内注射(ヒアルロン酸、ステロイド)も、局所症状が強い場合には行うことがあります。
手術療法は根本的治療であり、ひざ関節については関節鏡視下術、高位脛骨骨切り術、人工関節置換術、変形性脊椎症については椎弓切除術、除圧術、椎体固定術があります。
手術適応については、当院から手術可能な施設をご紹介しております。

加齢とともに筋力は低下し、ついには不可逆的な骨変形は起こってきます。年齢をかさねても筋力をつけることは骨変形の予防になり得ますし、体幹を維持することを可能にします。
病院での治療とともに、自分でできることを取り入れて、健康に生活できるよう取り組んでいきましょう。