2017年3月1日に京都第二日赤病院にて講演の講師を勤めました。

昨年3月に引き続き2回目の講演です。

前回は院内採用薬30品目のカテゴリー分け、使い分けについて。
今回は30品目の中で使用頻度の高い方剤と低い方剤を比較し、漢方のハードルを低くしてもっと幅広く使用してもらえるように、具体的な症例を提示しました。

まず下記の漢方診療の特徴の説明のあと、漢方診療で医師が最も苦手とする東洋医学的な診察方法の説明をしました。
漢方診療の特徴は、まとめると次のようになります。
・ 漢方はEBM(experienced based medicine)である
・ 西洋薬との併用で治療効果アップが期待できる
・ 西洋薬と同等の治療効果で、コストパフォーマンスがかなりよい
・ Polypharmacyをさけることができる
・ 漢方教育が追い風である

漢方は約2千年前に中国で生まれた中医学が日本に渡来し日本独自の医療として漢方として発展してきたものです。当然検査などのない時代で、診断に基づく漢方処方の決定は詳細な問診や診察によるものでした。これを東洋医学の言葉では、
・望診(舌の診察含め視診察)
・問診
・聞診(音や匂いの観察)
・切診(脈や体に触れての診察)
の4つの柱で説明します。
この時点でもう大変面倒な難しいもののように感じますが、実はこれは西洋医学の診察方法の基本でもあり、初診患者さんにどの専門領域の医師もやっていることです。

医師になりたての頃、つぶさに患者さんを観察して話を聞き、丁寧に診察し、検査に進む前に鑑別疾患をあげるという、これを今一度思い出せばいいだけのことです。そこに東洋医学的な虚実や熱寒、気血水、六病期の要素をほんの少し考えれば、フローチャートに従って比較的容易に適当な方剤にたどり着くはずだと、経験からのお話をさせていただきました。

実際、私は日常診療で西洋医学的(神経学的診察も含め)診察と東洋医学的診察の両方を行っていますが、常に研修医時代の総合内科的な心得を忘れないように診察しています。その意味ではフレッシュな感覚をもっている研修医の方が東洋医学的診察に抵抗感がないと思われ、専門医になるほど検査偏重の傾向があって苦手意識がでてくるのではと想像します。
初心に戻り丁寧な診察を行うことを今一度思い出していただきたいとお話しました。

症例の対比では、
① 消化器系:小建中湯(大建中湯との対比)。腹直筋緊張が強い過敏性腸症候群に著効する症例を提示しました。
② 上気道系:麻黄附子細辛湯(葛根湯との対比)。上気道症状が遷延、あるいは体力の低下した患者さんや高齢患者さんの上気道炎は、六病位が進行した状態から発症するというのを踏まえての症例の提示です。麻黄附子細辛湯は、麻黄含有ながら太陰期の方剤であり、上気道炎はすべて太陽期の方剤の葛根湯からではないことを説明しました。
③ めまい系:釣藤散(五苓散との対比)。脳血流循環不全や高血圧随伴症状としてのめまいや頭痛、不眠に対し著効。血圧低下作用もあることを説明しました。
④ 認知症のBPSD:人参養栄湯(抑肝散との対比)。BPSDの中で徘徊、暴力、介護抵抗などの陽性症状は、介護する上で問題になることが多いため。抑肝散などを使用して素早い治療介入がなされることが多いです。他方、抑うつ、食思不振などの陰性症状は問題行動が少ないため見落とされがちで、低栄養・感染症などが重篤になると、生命の危険が及ぶ可能性があります。人参養栄湯はBPSDの陰性症状を改善し、認知症の中核症状も改善した例を提示しました。
⑤ 泌尿器系:猪苓湯(牛車腎気丸との対比)。頻尿に対し温めて症状緩和する症例には附子含有製剤である牛車腎気丸ですが、熱を潜在的に有する(慢性炎症が遷延する)慢性尿道炎、膀胱炎などには裏熱を冷ますことが必要です。慢性膀胱炎に対し、猪苓湯が奏功した症例を提示しました。

講演後のアンケートでは、具体的な症例提示でより漢方治療の幅が広がったとの感想が多かったです。
総合内科医的な基本的診察をいま一度意識することと、具体症例から漢方選択の幅を広げることによって、第二日赤病院で漢方が今以上に使用され、患者さんの満足度が一層向上することを祈念しています。