9月12日、汗ばむほどの秋晴れのよいお天気に恵まれ、第3回セミナーを開催しました。
今回のテーマは「こころの漢方」です。
なんだかシリアスなテーマに参加者減が心配されましたが、36人の参加者で会場は熱気に包まれました。

昨今、何もかもが便利な世の中になる一方で、情報が溢れ、私達をとりまく環境がより複雑かつスピーディーに変わっていっています。
その変化の中で、老いも若きも、男も女も、大人も子どもも、仕事をもつものももたないものも、それぞれがストレスの多い環境に身を置くことが多いように思います。
統計でも、1990年後半に比し、気分障害を中心とする精神疾患が急増しています。
専門科の受診を躊躇し1人で悩みを抱えている人を加えれば、はるかに多いことが予想されます。
ただ、現代社会の構造そのものをストレスレスなものに変えていくことは容易ではありません。
その中で、私達が日常的にできること、それはストレス耐性な心と体を培うことです。
今回のセミナーは、まさにこれをメッセージとして、話させて頂きました。

これまで西洋医学で主として治療されてきた精神疾患は、神経科学のめざましい進歩により、様々なことが解明されてきました。
脳内の神経伝達物質の過不足や、神経細胞の変性(働きが悪くなる)や減少(数が減る)などで、心のバランスが崩れて病気になるということが分かってきました。
すなわち上記の事象が調節できれば、あるいはスピードを遅らすことができれば、症状が改善するわけです。
この部分をターゲットにした薬が数多く開発され、利用できるようになりました。
心の病気は、以前に比べて劇的に良くなることが、多くみられるようになったのです。
しかしながら、お薬には細やかな使い分けが必要になります。
睡眠薬、抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬、気分調整薬、抗てんかん薬など・・・。
神経内科が専門で、かつ神経科学の研究に一時期没頭していた自分ですら、微妙なお薬のさじ加減や組み合わせは一言で難しい!に尽きます。

一方漢方医学はどうでしょうか?
約2,000年前に中国で誕生した東洋医学は、日本に伝来した後、数多くの経験を蓄積しながら、日本の風土と日本人の特性(DNA)に適した発展を遂げました。
「心身一如 ―体と心は一体であるー」 という基本理念のもとに、心だけを独立させて治療するというアプローチは、なされてきませんでした。
心が病んでいる時は、体もおそらく不調でしょう。体が不調の時は、心だって痛んでいるでしょう。
だから心と体をまとめて治すことを、伝統的に続けてきたのです。

それと、漢方医学のもう一つの重要な概念に「気・血・水」というものがあります。
この3要素の乱れーうっ滞(鬱)、逆流(逆)、枯渇(虚)―が生じたとき、心と体の不調が生じるという考え方です。
体の不調は、一体どういうことから起こっているのか?
漢方医は聞診(問診:話を聞く)・望診(顔色・表情・肌の色艶など)・切診(脈診:脈のスピードや強さ)・腹診(腹部の診察)を注意深く行います。
気・血・水の異常や、陰証と陽証、虚証と実証のカテゴリーも加味しながら、適した方剤(漢方)を選択していくのです。

ブレイク・タイムに、今回はこころの漢方として「気」に注目した煎じ薬をご紹介しました。
今回も阪本漢方堂さんにお願いし、「香蘇散(こうそさん)合桂枝湯(けいしとう)」をご用意しました。
もとは香蘇散、桂枝湯ともに高齢者や体力の弱った風邪の時に利用することが多い方剤です。
その他に耳鳴り、食思不振にも有効です。 この薬は、香附子(コウブシ)や蘇葉(ソヨウ:シソの葉)、生姜(ショウキョウ)、陳皮(チンピ:ミカンの皮)、桂皮(ケイヒ:シナモン)など香りよい生薬を多数含んでいます。
気剤成分は揮発しやすく保持することが難しいのですが、煎じ薬ではしっかり閉じ込められ、まろやかに香ってきます。

煎じ薬を味わいながら、それぞれの証や気血水の状態にあった漢方薬エキスをご紹介しました。
そして具体例として、当クリニックを受診し、漢方薬を中心とした治療でお元気になられた患者さんを、何例かご紹介しました。
参加者全員に、「この患者さんは気鬱、気逆、気虚のどれでしょうか?」と質問すると、 全員が真剣に答える熱心さ。とにかく気迫を感じます。

最後に今回の「こころの漢方」セミナーで一番伝えたいことをお話しします。
人も自然界の一員です。
日が昇り沈むまでの一日のリズムや、月の満ち欠けの周期、四季の変化と同じように。
快調な時もあれば不調な時もある。
どんな時もあって当たり前!と、自らの心の状態を大らかに受け止めてほしいのです。
ゴルフに例えるなら、いいスコアを出さなくても、常にフェアウェイをキープできることを目標にしましょう。
そのためには、自分の長所だけでなく、弱点を知ること。
弱っているサインを見逃さないよう、いつも自分の体を見つめ直しましょう。
そして自然体の生活を送りましょう。
朝陽にあたり、体を動かし、植物や動物と触れあい、彼らから生のエネルギー(気)をもらいましょう。
体を動かすと体力がつくため、気がみなぎります。
温める、温まる、気を巡らす食事を規則正しくとりましょう。

「うつ」は「心の風邪」です。
風邪と同じように誰もがかかる病気です。
まず予防が大事ですが、かかったら軽いうちに治すことが肝心。
風邪が万病のもと、とたとえられるように、こじらすと大変!
漢方や、ときに西洋薬も併用しながら、しっかり治していきましょう。
一方「適応障害」は氷河期です。
春の訪れを待ちながら、強い心を作りましょう。雪解けは必ずやってきます。
そして、最も大事なのは、「今の自分を認めてあげる」ことです。
一休みも大いにあり! 十分力を養って、人生のフェアウェイをキープしてください。