汗ばむ陽気の中、36人の参加者がありました。
不快な症状が続くとき、自分の病気は自律神経失調症ではないかと考える人がよくいますが、そもそも自律神経失調症という病名はありません。運動神経や感覚神経など自分の意思で動かすことのできる体性神経と対比して、自分の意思とは無関係に体の機能を調節する神経のことを自律神経といいます。自律神経には主に日中活動したり緊張したりするときに働く交感神経と、休息したり眠ったりリラックスしているときに働く副交感神経があり、心臓や消化器、皮膚など全身に分布しています。リズムをもって日内変動するこれら二つの神経が活動すべき時に動かず、じっとしてほしいときに動き出す誤作動こそ、自律神経失調の状態です。
自律神経は恒常性を保つためにかなり緻密にコントロールされているので、その失調状態は複数の要因が重なったときに止む無くおこってきます。過労や精神的ストレス、環境要因、慢性疾患、加齢などが主な原因と考えられますが、成長期における心身のアンバランスや、更年期にともなうホルモンのアンバランス、病後の免疫力や体力の低下などにも影響を受けやすいといわれています。。
このように強固なシステムがついに弱くなって症状を呈し、かつその原因は多岐にわたるわけですから、治療は「この薬を飲めばすぐ快くなる!」というようにシンプルにはいきません。一つ一つの原因を洗いなおして生活(食事や運動や睡眠など)を見直していき、そして薬を選択し、じっくり腰を据えて治していくことが必要です。どこか臓器が悪いというわけではないので、少なくとも時間をかければ快くなる可能性は十分あります。
当院に通院している患者さんは、多かれ少なかれ不調の原因の一つに自律神経のバランスを欠いた症状を伴っていることが多くみられます。一人で、時には家族に付き添われて受診され、長年の症状を20も30もメモに書き連ねて、時に涙を流して訴えられます。患者さんにこの話を説明しますと、まず治ると聞いてびっくりされ、半信半疑の表情を残したまま喜ばれる、というのが本当のところです。おそらく半分諦めて、でも藁をも掴む思いで受診されたのだと思います。聞かせていただいているこちらも、胸が詰まる思いです。
それから、おもむろに治療の話を始めます。自分の病気を自分のこととしてとらえる心構えをすること、薬だけではうまくいかないこと、医療者と二人三脚で治療にあたる必要性があることをご理解いただき、初めて治療のスタート地点に立つわけです。驚くことに、数十年苦しんできた症状が、早い人では数日で改善の兆しがみられます。本人だけでなく家族も共にその辛い生活を続けていたからでしょう、家族にも明るい表情がみてとれます。いつしか患者さんは一人で受診され、帰りにヨガに行った、美術館に寄る、習いごとを始めた、はたまた私の数十年を返してほしい!と苦笑いされます。
医療者にとって、こんなに嬉しい瞬間はありません。私だけでなくスタッフ全員が、患者さんが心身ともに健やかになられ、いつしかクリニックを卒業されるのを、やりがいにして日々診療にあたっています。
詳細な治療についてはそれぞれの患者さんで異なるため、ここでは触れません。基本的には西洋薬、漢方薬を併用することが多いですが、投薬は最小限にとどめており、主な治療は生活指導になります。
最後になりましたが、今回のセミナーの漢方お試しは「桂枝加竜骨牡蛎湯」です。不安や動悸、手汗などの症状に対し屯用や1日数回の服用を行います。シナモンの甘く刺激的な香りが口に広がり、すっとしてかつ体が温まると好評でした。