当日はこの夏一番の蒸し暑い午後になりました。

開院1周年記念の特別講演に、これまで最高の49人の方々が集まりました。
本日の演者は京都大学大学院情報学研究科生物圏情報学講座大手信人教授
すごい肩書の先生ですが、院長の中高校の同級生として快くお引き受けいただきました。

大手先生は長年森林学を専門とされ、森や水、砂漠や草原について、日本だけでなく世界中を相手に数多くのフィールドワークを現在も手がけておられる研究者です。特に水文学ではトップクラスの研究者の一人で、子供から高齢者まで様々な年齢層の参加者を相手にどんな話をしてくださるのか期待が集まります。

まず、森の役割として水とどんな関係があるか。20160611-01
日本の森の中の川の量は、季節によって降水量が異なるため年間をとおして大きく変化します。
一方アメリカ東海岸のニューハンプシャー州ハッバードブルック実習林では、毎月同じ量だけ雨が降るのに川の流量は季節によって変化するのです。
これこそが森の仕業であり、木々が土壌から水を吸って大気に放出(蒸散)したり、あるいは土壌から直接蒸発することで直接川を流れる水の量が変化するのです。
ちなみにこの演習林では実験的に森の一部分の木々を大きく伐採して、そこに流れる川の流量を比較した大規模な実験をしましたが、木のない川は年間通して流量が多くなりました。森は「緑のダム」といわれますが、木がない方が実は川の水は増えるのです。
森の植物は晴れているときに蒸散量を増やし土壌を乾燥させてcapacity(容量)を増やしておくため(平準化)です。

そのほかに森は水質をきれいに保ったり、土砂流出を防止したり、気温を下げたり、あとはとにかく気持ちいい!という大切な役割を担っており、これを「生態系サービス」といいます。

次に、森での水の収支は実際にどのように測定していくのか。とても大きな規模ですが尾根で囲まれている一つの谷で水の収支を考えた場合、雨(降水量)は地面や森林からの蒸発量と森から流れ出る川の水量(流出量)、谷の湖などにたまる量(貯留量の変化)の総量に等しくなると考えられます。
大手先生は具体的な写真で、川に設置された大掛かりな水量計測装置や、雨水がたまると鹿威し(ししおどし)のようにマスがカタン!と動いてその先に取り付けられたデータロガーというデジタル機器がカウントするというハイテク雨量計などを説明してくださいました。
この結果わかったことは、かなりの水分が森より蒸発していたということでした。この蒸発量は何に依存するのかというと、これはまさしく日照量でした。
太陽光の強い熱帯地方ほど蒸発量が多いのです。

では光と水を使って植物は一体何をしているのか。その一つが光合成です。
植物は酸素を吸って二酸化炭素を出す、いわゆる呼吸をする一方で、水と二酸化炭素を吸って酸素を放出し養分(糖)を作り出す光合成をします。光合成をしてエネルギーを作る一方で、植物は土壌から養分を吸収してカラダをつくるタンパク質合成も行っています。森の中ではこのエネルギー産生をする植物は生産者といわれます。20160611-02
植物は第一次消費者である植物性動物に捕食され、さらに高次の消費者である肉食性動物に捕食される、food chain(食物連鎖)が築かれています。また植物の落葉落枝をふくむ動植物の死がいは土壌動物の分解者に分解されます。
これをいわゆる森林の生態系ピラミッドといい、底辺に生産者の植物があることで成り立っています。
その植物の成長には水は不可欠であり、前述の光合成(C:炭素)には原材料としての水が必要ですし、カラダを作る養分(N:窒素、P:リン)の吸収や運搬にも水が必要です。
すなわち水は、たとえるならば「森林生態系という体をめぐる血液」のような存在です。
水は植物や動物や微生物の養分となる物質を運んでさまざまな部位を流れていき、生きものはそのエネルギーを使って生活しているのです。

「森と水」の研究は、『水が不足している生態系では植物はどうしているのか?』や『水とともに動く放射性物質はどうなっているのか?』など、大手先生の中で広がりをもっていきます。 その中で原発事故以後の福島の森林での放射性セシウムの観測も重要な仕事の一つです。
大気中に飛散した放射性物質は、雨とともに森にふり、木や葉を伝って土壌や川になって海へと循環します。
具体的に、
①森林内の移動:樹冠(木の枝や葉)から林床(地表面)へは、どんな形でどれだけどうやって移動するのか?
②森林からの流出はどれくらいか?洪水流出での影響(土砂、落ち葉を巻き上げるとセシウム濃度は高くなる)はどの程度なのだろうか。
③生物間の移動(生物濃縮) はどうなっているか?
を、現在福島県伊達市小国村の森林で調査を続けておられます。

壮大なスケールの「森と水」の話のあと、本日は梅雨の時期の花にちなんで桔梗湯とアマチャを試飲。
桔梗湯は桔梗の根と甘草からなる方剤で粘膜に対する抗炎症作用があり、のどの痛みに効果的です。
エキス剤なら溶かしてから口にしばらく含んで咳嗽し粘膜に直接ふれることでより効果が期待できます。
アマチャは日本自生のガクアジサイで、甘味料のもとになる成分を大量に含んでいます。
桔梗湯も甘く、今回は甘味比べをしていただきました。

後半は大手先生の子ども夏休み自由研究対策。
もうすぐやってくる夏休み、子供さんも親御さん、最近はおじいちゃんおばあちゃんもですが、自由研究の宿題は毎年頭を悩ませらることと思います。研究を長年続けておられる先生より、自分の子ども時代に取り組まれたテーマについて話してもらいました。
例えば家の周りの草や植木の植物分布を図にかいて図鑑で調べるとか、家の周りの温度や湿度を観測するとか…。
みなさん興味津々で聞いておられましたが、やはり大手先生が子供とのときからこつこつとデータを根気強く集めるようなフィールドワークが得意だったことがうかがえました。

7月30日には夏休み特別企画として小学生と保護者対象に自由研究対策を企画しており、また先生にもご協力いただければ嬉しいと期待しています。

今回たくさんの子どもたちが参加してくれましたが、みんな最後までがんばって聞いてくれて、メモを一生懸命とっていました。
子供好きの大手先生も、たくさんの子どもに囲まれてにこやかにお話されたのが印象的でした。
大手先生お忙しいところありがとうございました。
お体に気を付けてますます素晴らしい研究を進められることを期待しております。
次回は福島の放射線の話をぜひおうかがいできたらと思います。